こんにちは!今日は朝から雨がひどかったですね。自転車で出勤しているものですから着くころにはズボンの太ももがびしょびしょになっていました。最近、雨が多いですね。季節が冬から春へと変わっていっているのでしょうか。
さて、昨日、お薬の分譲(自分の薬局にないお薬を他の薬局に買いに行くこと)に行った先でトイレットペーパーが並んでいたという話を書きました。その調剤薬局は所謂ドラッグストアではなく、気持ち程度のOTCが並ぶ小さな調剤薬局です。そんなところでトイレットペーパーが並んでいたのですから、すごい違和感です。
分譲から帰る道すがらどうしてあそこにトイレットペーパーが出現することになったのかということを考えていました。
ティッシュペーパーでもなく、キッチンペーパーでもない
生活必需品というものは数多くありますが、トイレットペーパーというものはちょっと別格というか、替えになるものがないものなんだと思います。ティッシュだと溶けずに詰まるし、もちろんキッチンペーパーでもだめ。逆は然りでほとんど問題なく利用できます。
その上、ないととてつもなく困る。おしりが拭けない。我が家にはウォシュレットがないのですが、どうなんでしょうか。ウォシュレットがあればトイレットペーパーを使わずに済ませられるのでしょうか。乾燥させたりする時間とか、手間とかを考えれば、うーん、なくてはいいというものではないような気もします。
お尻の穴は一つです
お尻の穴は一つです。という発言でトイレットペーパーの買い占め騒動を鎮静化した方がいらっしゃるそうです。ものすごくセンスのある方だなあと思います。確かにないと困りますが、そう何セットも置いてあっても使えるものでもない。お尻の穴はみんな一つなんですから。
断捨離の問題とすごく似ている
今回の騒動で高齢者の方が買い占めしていると問題視されていますが、これはオイルショックを経験した世代だからというシンプルな理由だけではないと思います。
昨今、部屋の片づけが一種のブームとなり、やましたひでこさんの「断捨離」という言葉が、知らない人はいないというくらい認知されています。私も物を捨てることが結構好きなので、断捨離関連の本は相当数読んできましたが、その手の本でだいだい取り上げられているのが、高齢者の非断捨離問題です。
洋服や、食料品などだけでなく、割りばしや紙袋、粗品などがけた外れの数ストックされているという話なんですが、たぶん、このため込み癖というものが、今回のトイレットペーパーの買い占めになどにも関係していると思うのです。
絶対に使い切れない天文学的数字のストックを見ても、ご本人は「いつか使う」「もったいない」「なくなったら困る」「あればあるだけいい」と、全く捨てる気配なし。
これは人間の本能なのでしょうかね。冬ごもりのリスがクルミをたくさん巣にため込むように、物を貯めこみ、それで安心感を得る。
でも、いったんこの思考パターンに入ってしまうと、ないと不安になってしまうので、ストックするのがやめられない体になってしまいます。冷静に考えれば使い来ることなんてできないのに、(と、いうよりなくなる前にため込むので、使い切ることはない)、なくなるといことを考えると不安にっていまう。まさに悪循環です。
でも、そういう人たちで経済が回っている
でも、調剤薬局でさえトイレットペーパーを販売するということは、困っている人がいるからという側面もあれど、やっぱり儲かるからという算段もどこかにはあるはずなんです。つまりトイレットペーパーを買い急ぐ人たちで一儲けしようとしている人たちが必ず社会には存在して、両者が社会を経済を回していることは疑いようのない事実です。
それがいいとか悪いとかの判断をするのはあまり意味がないような気がするのでしませんが、そういう事実があるのがこの世の中なんだと、今回の新型コロナウイルスのパンデミックで改めて認識させられた次第です。
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